A子さん

その昔、下町にある公共施設で仕事をしている時分のことだ。

毎朝というわけではなかったが

御手洗の洗面所で歯を磨き、顔を洗っている女がいた。

 

当初は路上で暮らしている人かと考えたけれど

しばらくして彼女が安心して立ち話などするようになると

ご近所さんであり、ただ気分が向いた日には洗面器なども持って顔を洗っていくという風だった。

 

話をするのに名前がないと不自由だったので、呼び名を尋ねると「A/B/CのA子よ」という。

それでわたしはずっと「エー子さん」と呼んでいた。

 

至極丁寧な言葉づかいの彼女は

時折「ほほほ」なんて笑いつつ

「わたくしねぇ。こー思いますのよぉ」なんて好きに話しては帰っていった。

 

今日、突然にエー子さんのことを思い出したのは

そのゆるやかさが懐かしかったからかも知れない。

 

「今日は201○年何月何日」と言ってから話し始める近所のおじいさんなども

元気にしているだろうか。

 

世の中がどんなに窮屈になっても

どこかにぽっかりと、ゆるく時間の流れる場所がほしいものだ。

 

明日からまた乗り切ろーと思う

 

*メモの端っこ