ゴールデン街と断片の物語り

「5分だけいいですか?

今日、白い布に白い糸を使いましたよね」

彼女の表情は真剣そのものだ。

これはきっとクレームに違いない。

緊張しつつもじっと聞く。

 

「今朝、白い車が部屋の前に止まっていました」

追跡からの保護が必要なのか!?

一層緊迫してくる。

 

「先日新宿のガードにもあったんです」

 

「暗号です」

 

それは、共有しようと如何に努力しても

たどり着けない物語りの始まりである。

 

最初に「5分だけいいですか?」と言ってきた彼女は誠実な人だった。

かっきり5分を経過すると

「5分経ちました。終わります」と言って部屋を出て行く。

それから数日後

彼女は失踪した。

 

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相手の話していることについて

自らの経験や知見からは

読み取れない話は山ほどあり

というかほとんどの場合

他者の経験や思考について「まったくもって同じであり”わかる”」ということはない。

 

混迷を極める他者の語りに向き合う作法のようなモノを

教えてくれた一つは

ゴールデン街のカウンターだった。

そこに集う人たちは

大抵何かの専門分野で活動している人たちであり

わたしにとっては「暗号」ともとれる難しい話が沢山あった。

 

 

昨日の夕方

火災のニュースを知ったとき痛切に後悔した。

「そのうちに寄ろう」などと思っているうち

自分にとって大切な場所に

もう二度と行けないかもしれない。

切実に感じた。

 

今日、仕事帰りに途中下車をし

懐かしい扉を開けた。

火災の見舞いだというので

沢山常連さんたちが持ち寄ったお酒や

珍しい食べ物が振舞われた。

 

どんな肩書きの相手であれ

間違っていると思うことに対しては

本気で叱りつけるこの店のママは

わたしの憧れの女性だ。

今ではカウンター内部で椅子に座ることがあると話した。

 

どんなに期間が空いても

わたしのボトルはキープされていた。

生まれて初めてここに入れたボトルは

部屋でホコリをかぶっている。